労働判例・裁判例紹介 弁護士西川暢春

弁護士西川暢春がやっている労働判例postの補足ブログです。Xでは140文字以上は予約投稿できないため、長いものはこのブログで書いております。

労災請求における事業主証明の拒否が問題になった事案

大阪地裁R5.7.27
従業員が労災保険の休業補償給付支給請求書を送付し、労働保険番号や事業所情報の欄等を記入するように求めた。しかし、会社は事業主の証明等がなくても請求書は受理されるので、請求手続は従業員の方で進めるようにと返答。
→労働保険番号、事業所情報及び平均賃金の算定の内訳等は業務起因性に関する労働者の主張を受け入れるか否かに関わらず、会社において回答可能なものであり、会社がこれらについても何らの回答をしなかったことには、問題があったといわざるを得ないと判示

暴力を伴うパワハラについて被害者の復帰までに加害上司を配置転換する義務があったとされた事案

静岡地裁R3.3.5
1月27日に女性職員が上司から左上肢を3回こぶしで付く暴力を伴うパワハラを受け、2月5日に不安焦燥状態で1か月の自宅療養を要すると診断された。主治医からは加害上司と一緒に仕事をする状況での復職に消極的な見解が示された。また、女性職員も、加害上司を異動させるか、異動が決まるまで加害上司に有給休暇をとってほしい旨希望した。
→診断から1か月後の3月5日までには、加害上司を他部署に配属する等の人事配置を決定し、すみやかに実践すべき義務があった。4月1日付けで加害上司を他部署へ異動することも含めて対応を検討したものの、年度内に異動させる措置をとらず、3月6日に女性職員を加害上司と同じ部門に復帰させたことは安全配慮義務違反。

1年以上服薬せずに日常生活を送っていた休職者の復職可否判断

名古屋地裁R3.8.23

躁うつ病双極性障害)で休職していた休職者が復職を申し出たが、会社は認めず、休職期間満了により解雇した
→休職者は復職を申し出た当時、1年以上服薬せずに日常生活を送り、生活リズムや気分が安定していたことは認められる。しかし、双極性障害は再発率が高いこと、休職者は過去に3回の精神疾患による休職をしていること、2年半以上も休職しており再出勤に伴うストレスは小さくないことからすれば、それだけでは復職可能とは認められない。産業医による面談の際の受け答えからは、休職者には休職が仕事に対する不安、焦りによるものであることについての認識が欠如していることがうかがえ、復職固執するあまり、自己の現状を分析し、復職後に発生しうる問題やストレスを想定して対処法を検討することができていない。病気の受容や対処法に関して認知行動療法が効果を上げていたとはいい難く、生活環境の変化や、業務による負荷がかかった際に、双極性障害の症状を再発させるおそれがある。

この点、主治医は復職可と診断し、再発の可能性について「ほとんどない」、就業上の配慮・制限への意見として「特になし、リハビリ勤務不要」と記載している。しかし、主治医のカルテには、例えば休職者が会社に提出する状況報告書について「これではダメ(通らない)」「こちらで叩き台を作成する!」と記載するなどしていることからすれば、主治医の診断は休職者の再出勤への強い希望に過度に影響された可能性がある。解雇は有効と判断。

 

産業医は、「休職者が主治医の判断を待たず自己判断で服薬を中止する、主治医の入院の勧めに従わない、診断書を取得するために受診するといった、自己中心的に医療を利用する態度が見られ、これらは復職を不可とする事情として考慮するべきである」などとしていた事案です

「復職可能であり、3か月間は短時間勤務及び軽度業務に限る配慮が必要」と主治医が診断した事案についての復職可否判断

長崎地裁R1.12.3

統合失調症の休職者の復職について主治医は「復職可能であり、3か月間は短時間勤務及び軽度業務に限る配慮が必要」と診断
→一方で、その後の照会に対して、主治医は、
『復職可能性について客観視できるデータがないため、就労がかなわない場合は本人も「説得より納得」で次の段階(退職の含む)の判断について話し合いが容易になる』
などと記載しており、
3か月の業務軽減により、通常業務への復帰が可能とどの程度見込まれるのかといった点の所見は不明である。法人が復職を認めず休職期間満了により雇用を終了したことは有効と判断

入社後約4年間にわたり「残業手当」の名目で支給していた賃金が時間外労働の対価とは言えないとされた例

札幌地裁R5.3.31
運送会社が運転手の売上の10%を「残業手当」の名目で支給。入社後約4年間にわたりこの支給を受けていた運転手が残業代請求訴訟を提起

雇用契約書には残業手当の記載がなく、賃金規程には労働基準法上の計算式に基づく割増賃金の規定があるのみである。採用時にも、時間外労働等の対価として残業手当を支給することやその算定方法を、運転手に説明していてない。「残業手当」という名称で支給されていること等を考慮しても、時間外労働の対価であったとは認められず、「残業手当」は割増賃金計算時の基礎賃金に算入される

日常的な強い叱責がパワハラにはあたらないが安全配慮義務違反ありとされた事例

徳島地裁H30.7.9
銀行職員が自殺し、遺族はパワハラ自殺と主張
→赴任先で日常的に強い叱責を受けていたが職員のミスを指摘するものであり指導の範囲を逸脱しない。ただし、上司はこれらの状況を十分認識しており、職員が赴任後継続的に異動を希望し続けていたことや、2年間で15キロも体重が減少するなど体調不良が明らかであったこと、同僚にしばしば死にたいと訴えるようになりこれは上司に報告されていたことからすると、心身に過度の負担が生じないように異動も含め対応を検討すべきであった。一時期職員の担当業務を軽減したのみでその他の対応をしなかったことは安全配慮義務違反として賠償命令

71歳の母親と28歳の妻、2歳の長女と同居している従業員に単身赴任となる転勤を命じ、拒否したため懲戒解雇した事案

最高裁S61.7.14
大卒営業担当者に対し神戸から名古屋に転勤命令。営業担当者は、大阪府内で71歳の母親と28歳の妻、2歳の長女と同居しており、転勤に応じると単身赴任になるとしてこれを拒否した。会社は懲戒解雇。
→①会社の就業規則には、業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、②会社は全国に営業所をおき、営業担当者の転勤も現に頻繁に行っており、③採用時に勤務地を限定する合意もされていないから、会社には転勤を命じる権利がある。その場合も、転勤は、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるから、転勤命令権の濫用は許されないが、①転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合、②転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情のある場合でない限り、転勤命令権の濫用にはならない。本件では転勤命令に業務上の必要性があり、転勤による家族生活上の不利益は通常甘受すべき程度のものだから、転勤命令は権利の濫用にはあたらない。

 

☆配転命令についての重要判例である、昭和61年の東亜ペイント事件最高裁判決を確認のためにpostしました。東亜ペイトン事件は転勤命令拒否の事案でした。

4月26日に配転命令についての新しい最高裁判決が出る予定です。こちらは、技術職に職種を限定して採用された従業員について総務課に配置転換を命じたという配置転換命令の事案です。どんな判決になるか注視しています。