労働判例・裁判例紹介 弁護士西川暢春

弁護士西川暢春がやっている労働判例postの補足ブログです。Xでは140文字以上は予約投稿できないため、長いものはこのブログで書いております。

232名が一斉に退職前の有給消化を申請した場合に時季変更権行使が認められる?

大阪地裁R6.3.27

病院の事業譲渡に伴い、全職員が譲渡日に退職し、その後、新事業者に雇用されることとなった。譲渡日の退職にあたり、職員の3分の2にあたる232名が一斉に退職前の有給消化を申請した

→一般的に、退職前の有給申請について使用者が時季変更することは、他の時季に有給取得の可能性がないから、認められない。しかし、本件で232名が一斉に有給申請すると、病院業務に重大な支障を生じることは明らかであり、そのような事情がある場合には、退職前の有給消化であっても、使用者は労働者ができるだけ有給を取得できるよう配慮しながら時季変更権を行使することは許されると判断

解雇相当の問題がある社員について、朝礼や社内勉強会からの排除、共有サーバへのアクセス遮断等の措置をとったことが違法とされた事案

東京地裁R5.10.25

営業事務を担当する従業員について、業務の遂行に積極的でない、チームの一員として働くことができない、時間内に効率的かつ迅速な事務処理を行っていないなどの問題があり、これらの点について具体的に指摘されたにもかかわらず改善できなかったため、退職勧奨。しかし、従業員が退職に応じなかったため、オフィス来訪者の出迎え、運送業者に対する対応、配達された郵便物の管理などを業務とするオフィスアシスタントに配置換えした。そのうえで、配置換え後は、この従業員について、朝礼への参加を認めず、共有サーバーへのアクセスを遮断し、社内勉強会への参加を断るなどの対応をした。
→会社はこれらの措置の理由として、この従業員については業務として顧客対応が必要なくなったことを主張する。しかし、朝礼では
顧客に関する情報以外の情報も話題に上っており、他の従業員は全員出席している中で、情報共有の場として、この従業員に出席を禁止するまでの必要性があったとまではいえない。また、共有サーバーへのアクセス遮断については、代表者も秘密漏洩の可能性を感じたものの、何か具体的な兆候があったわけではない旨供述しているのに対し、現にこの従業員が上司から命じられた翻訳業務に関して、共有サーバーで参考となる資料を探すことができないという支障が生じており、この従業員についてのみアクセスできなくする必要性は乏しかった。勉強会についても、社内のカレンダーに記載され、従業員全員に案内されているものであり、この従業員のみ参加を禁止する必要性に乏しい。これらの点を踏まえると、一連の行為は、この従業員のみを社内で孤立させ人間関係から切り離す目的で行われたと認められる。そうすると、この従業員について協調性欠如等の解雇事由に該当する事実があったことを考慮しても、これらの行為は従業員の職務環境を意図的に悪化させるものであり、不法行為を構成すると判断。

退職勧奨を拒否した従業員にのみ在宅勤務を認めず、在宅勤務用パソコンを返却させたことは不法行為?

東京地裁R5.10.25

事務作業を担当する従業員について、業務の遂行に積極的でない、チームの一員として働くことができない、時間内に効率的かつ迅速な事務処理を行っていないなどの問題があり、これらの点について具体的に指摘されたにもかかわらず改善できなかったため、退職勧奨。しかし、従業員が退職に応じなかったため、オフィスアシスタントに配置換えした。配置換え後は、入社の約8か月後から行っていたローテーション勤務(スタッフを複数班に編成し、出社と在宅勤務を交代で行うもの)をこの従業員にのみ認めず、すべての所定労働日に出社するように求めるとともに在宅勤務用に貸与していたパソコンを返却させた。
→配置換え後にオフィスアシスタントとして命じられた業務には、〔1〕インターフォンによる訪問者の出迎え、会議室等への案内、〔2〕運送業者と書類、物品の受発信を行う、〔3〕配達された郵便物の管理、郵便物の到着をスタッフに知らせるなどの業務が含まれていた。これらの業務の内容からすると、事務所に出勤して行う業務が多かったと認められるから、この従業員のみにすべての所定労働日を出社するよう命じ、在宅勤務用のパソコンを返却させたとしても、差別的に取り扱ったとまではいえず、不法行為を構成するとはいえないと判断。

協調性欠如などの問題がある従業員に本箱の書籍(段ボール121箱分)の移動作業を命じたことは不法行為?

東京地裁R5.10.25

 協調性や事務処理の効率性に問題があり、これらの点について具体的に指摘されたにもかかわらず改善ができていなかった勤続2年目の従業員に対し、社長室の本棚改装工事のため、本棚の書籍(段ボール121箱分)を段ボールに詰めて移動させ、工事が完了したらまた元の位置に戻すという作業を命じた。

 従業員はまず5階の書籍の箱詰め作業を行ったが、3月3日の作業後、日報に〔1〕腰が痛い〔2〕5日は腰を休ませるために箱詰め作業は休みたい〔3〕月曜から中二階の本棚について作業を開始するが、重めのカタログが多く、大変そうなので、1人だけの作業ではなく、バイトを呼んで手伝ってもらえるかを検討してほしい旨を記載した。
 これを受けて、上司は、5階の残りの作業は自分がやるので大丈夫である旨を従業員に伝えて、自分で作業を行った。

 その後、従業員は3月8日から16日かけて、5階にある書籍より重い書籍もある中2階の本棚の書籍の箱詰め作業を行った。さらに、従業員は、3月22日以降、書籍を本棚に戻す作業を行ったが、上司はアルバイトに従業員の作業を手伝うように命じた。その後、25日に、従業員が腰が痛いので作業できない旨を申し出たため、上司は、従業員をこの作業から外した。従業員はその後、腰痛症と診断され、上司の指示は肉体的精神的苦痛を与える業務を命じたものであり、不法行為であると主張

→上司は業務上の必要性があって作業を命じたものであるから、腰に負担のかかる作業であったとしても、これを理由に上司の言動が不法行為を構成するとまではいえない。しかし、3月3日に作業軽減の申出を受けた後、8日以降により重い書籍が存在する中2階の書籍の箱詰め作業を行わせ、22日までアルバイトに手伝わせず、結果として従業員が腰痛症を発症しているのであるから、上司の対応は、従業員からの作業軽減の申出に対する対応としては配慮を著しく欠く。上司の言動は労働者が身体等の安全を確保しながら労働することができる法的な利益を侵害したものとして不法行為にあたると判断。

 

協調性欠如などの問題がある従業員に年賀状の宛名シール貼りを1日1000枚のペースで行うように命じたことは不法行為?

東京地裁R5.10.25

協調性や事務処理の効率性に問題があり、これらの点について具体的に指摘されたにもかかわらず改善できていなかった、勤続2年目の従業員に対し、上司が年賀状の宛名シールの貼り付け作業を1日1000枚のペースで行うように命じた。従業員はこれが肉体的精神的苦痛を与える業務を命じたものであり、不法行為であると主張
→たしかに、この作業は以前は複数の従業員で手分けして行っていたものであり、それにもかかわらず、1人にのみに行わせ、しかも従業員から手首と肩がきついので、1日700枚のペースでも大丈夫かとの問い合わせがあったのに上司は何の応答もしなかったのだから、配慮が足りない面があることは否定できない。しかしながら、現に従業員は1日700枚のペースで作業を続け、上司もそれに異論を唱えていないことからすると、従業員から作業軽減の申出があったにもかかわらず、上司が1日1000枚のペースで貼り付け作業を行わせ続けたとまでは認められない。したがって、配慮が足りない面はあるものの、年賀状シールの貼り付け作業を行わせたことが不法行為を構成するとまではいえないと判断

 

適応障害で休職し、東京本社に復職した従業員に対する、仙台への転勤命令の可否

東京地裁R5.12.28

 

適応障害で休職していた従業員が東京本社に復職。会社は復職から16か月後に仙台支店への転勤を命じた。従業員は、転勤により、新しい環境で人間関係を構築することが求められることになり負担は大きいし、以前から通院していた精神科に通えなくなり病状が悪化する可能性もあるとして、転勤を拒否
→会社は、転勤命令の前に、産業医を介して従業員の主治医に対し、時間外労働・休日労働の禁止、出張業務の禁止及び車両運転の禁止といった配慮事項が引き続き必要か否かを確認したところ、主治医は、会社に対し、配慮事項として昼食を12時から13時の間に本人に取らせることのみが必要と回答している。また、従業員は、会社の産業医と面談した際、服用している薬が減って調子が良い旨述べた。産業医はこれらを踏まえて、会社に対し、自動車の運転が必須ではなく精神科への通院が楽な大都市圏であれば異動しても問題ない旨の意見を述べている。会社は、転勤命令の発令前に、主治医及び産業医の意見を聴取するといった適切な手続を踏んだといえるし、当時の従業員の健康状態を踏まえれば転勤命令が従業員の健康に与える影響は大きくなかったといえる。
 一般論としては、精神障害を発病した者に対する転居を伴う異動は慎重に行うべきといえるものの、会社としてはこの従業員に対しこれまで特例による恩恵的措置を講じるなど十分に配慮してきており、こうした措置をいつまでも続けることを求めることはできない。転勤を命じる業務上の必要性が高く、転勤命令に不当な動機・目的はない。転勤命令は有効と判断。