労働判例・裁判例紹介 弁護士西川暢春

弁護士西川暢春がやっている労働判例postの補足ブログです。Xでは140文字以上は予約投稿できないため、長いものはこのブログで書いております。

覚醒剤使用で懲戒解雇された従業員の退職金不支給についての判断事例

東京地裁R5.12.19

鉄道会社が覚醒剤使用で有罪判決を受けた車両検査主任を懲戒解雇し、退職金規程に基づき退職金を不支給とした

→5年の覚醒剤使用歴があり、依存性は軽視できない。安全運行を支える現業職覚醒剤が体内に残る状態で検査業務に従事していた。報道等により社会に知られることはなかったが、会社は監督官庁に報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。27年勤続したことを踏まえても永年の功労を抹消するほどの不信行為に該当し、退職金全部不支給も相当と判断

 

復職のために会社が指定した医師作成の証明書を要すると定める就業規則の効力について判示した裁判例

東京地裁H26.8.20
就業規則で、私傷病休職について「傷病が治癒し且つ通常勤務に耐えられる旨の会社が指定した医師の作成した証明書の提出を求め、復職できると会社が認めたとき」に復職を認めると定めた
→労働者が債務の本旨にしたがった履行の提供をしているのに、指定医の診断書が得られないことによって就労を拒絶されるいわれはないから、上記規定にかかわらず、復職のために指定医の復職可能との診断書は要しないと判断

 

就業規則に書けばなんでも有効になるわけではありません。労働者の利益を不合理に損なう規定は、裁判所で「合理的限定解釈」されることになります。下記のような規定は使用者の判断を誤らせ、労使紛争のきっかけを作ってしまいます。就業規則の作成については以下でも解説しています。

kigyobengo.com

 

 

ハラスメント調査に求められる中立性・公平性について判示した裁判例

東京地裁R1.11.7
大声での執拗な叱責等がパワハラにあたるとして訓戒処分を受けた人事部の課長が、パワハラを認定した社内調査の結果は誤りであるとして、処分の無効を主張した
→調査を行ったのは使用者から依頼を受けた顧問弁護士であるものの、使用者から意見を聴くことなく調査を開始し、被害者と課長の双方から言い分等を記載した書面の提出を受け、人事部の従業員のみならず、他部署の従業員からも事情聴取して、報告書を作成している。調査が中立性・公平性を欠くというべき具体的事情はうかがわれない。他部署からの事情聴取も行われて人事部における人間関係にとらわれない調査方法が用いられており、報告書の記載内容は詳細かつ具体的、事実認定に至る過程に特段不自然・不合理な点も認められない。訓戒処分有効と判断。

職場内の人間関係を理由に休職者の復職を認めないことは可能?

阪高裁H27.2.26

 

双極性障害による休職からの復職を認められなかった休職者が「職場内の人間関係を理由に復職を認めなかったことは不当である。人間関係の調整は会社が業務命令で実行すべきである」と主張

→この従業員の休業は3回目であり会社は過去2回復職を実現させていること、その実績から見て社員間ではこの従業員の受入れに対する拒否感が強いと思われること、会社の人事総務部担当者らはこの従業員のリハビリ勤務の受入れを求めて相当程度の努力をしていること、職場における人員配置においては他の社員の意向を無視できないこと、業務命令等によって受入先の反対を押し切って強制的に配置したとしても反発が生じて人間関係上のストレスが避けられず従業員の病状改善に悪影響を与えると予想できることに照らすと、本件で会社が適切なリハビリ勤務の受入先を見つけることができなかったことには相当な理由があり、リハビリ勤務の受入れを実行しなかったことはやむを得ないと判断

 

職場内での悪影響を理由に復職不可とできる?

横浜地裁H30.5.10

うつ状態適応障害で休職中の職員について主治医が就労可能と診断。しかし、事業者は産業医の復職不可の意見を参考に退職扱いとした

産業医の意見は、休職前の状況からすると復職は他の職員に多大な悪影響が出るということが理由だが、これは、休職事由となったうつ状態及び適応障害寛解し、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したか否かとは無関係な事情ということができる。退職扱いは無効と判断

職場内で秘密録音したデータを民事訴訟の証拠として利用できる?

東京高裁R5.10.25

歯科医院に勤務する職員が、理事長が院内で自身の悪口を言っている疑いをもち、院内の控室に秘密裏にボイスレコーダーを設置。理事長に対する訴訟でこの録音を自身に対するハラスメントの証拠として提出した

→従業員の誰もが利用できる控室で会話を秘密録音する行為は、他の従業員のプライバシーも含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、相当な証拠収集方法とは言えないが、著しく反社会的とまではいえないから、証拠から排除されない。理事長が、職員について育ちが悪いとか、家にお金が無いなど、職員を揶揄する会話が録音されており、職員が耳にすることを前提とした会話でないことを踏まえても、理事長の地位・立場を考慮すれば、他の従業員と一緒になって職員を揶揄する会話に興じたことは不法行為にあたる。賠償命令。

 

正社員に寒冷地手当を支給するが契約社員には支給しないことは違法?

東京地裁R5.7.20

日本郵便が正社員には寒冷地手当を支給するが契約社員には支給せず
→寒冷地手当は寒冷地に勤務する正社員の暖房費等増加を補助し、勤務地による正社員間の公平を図る趣旨で支給されている。一方、契約社員は勤務地ごとの生計費も考慮して勤務地ごとに基本賃金が定められている。契約社員には寒冷地手当の趣旨は妥当せず、不支給は違法ではない。